Sunday. May 20. 2012
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平成23年と言う年は、千年に一度の年とのことで、3月11日の東日本大震災以来、その影響が大きく経営にも生活にも影響を受けました。昨年は100年に一度の猛暑でした。私たちの日々の生活がこんなにも自然の影響を受けるのは、過去に無かったように思います。それと、リーマンショック以来、アメリカ経済の落ち込みが止らず、ヨーロッパもギリシャ危機以来ユーロ安の円高となり、日本経済も戦後始まって依頼の危機と言っていいかと思います。振り返って我が日本は、政治の貧困さから何も前向きに改革が出来ず、少子高齢化が進み、定年退職の人々が一気に町に溢れてくる日が目の前に来ています。八方塞がり状態で、日本はこれからどうなって行くのだろう?大変心配です。だけど私たちは生きています。こんな最悪の日本ですが、何か変革が出来るものと信じています。今までがとてもラッキーだったので、これからが私たちの力量が試される時なのだと思います。平成23年は私たちの生き方の転換年だったと後でそう思う日がきっと来るだろうと思います。平成24年は、皆様にとって素晴らしい年でありますようにご祈念申し上げますとともに、これからも、どうぞご指導賜ります様、宜しくお願い申し上げます。
虚無僧が春日部の商店街で、歳末助け合い募金を行ないました。それが何と29年間も続けられているとの事。虚無僧もちょっとは好い事しているんだなって思いました。当初、越谷邦楽協会の吉田先生から一緒にやらないかって誘われたのですが、吹く曲も分からないし、虚無僧の衣装も無いので、今回は一緒について行って見学をさせてもらうことにしたのです。先ず、東陽寺(ロビンソンデパートの隣り)にて、6人で尺八を吹き、次に住職さんとお弟子さんとがそれぞれ先導されて、3人づつ分かれた虚無僧が後をついて行く形で、商店を一軒一軒回って行くのです。前日に案内文を流しているのと、29年間も続けられているので、商店の皆さんは心得たもので、助け合い募金をしてくれるのです。何かとても暖かく、嬉しい気分になりました。でも、寄付が厳しいお店も何件かありまして、これも仕方が無いと、世間の厳しさをヒシヒシと感じました。夕方5時ともなりますと、太陽も沈み、ひしひしと寒さが身にしみてきますが、皆さんガンバッテ尺八を吹きながら募金活動をされていました。とても頭の下がる思いでした。来年は私も一緒に頑張ろう!
今日は浦和にある特別養護老人ホームさんへ、慰問に行きました。主催は浦和中ロータリークラブさんです。施設では常に宿泊をされている方と、デイステイの方とがクリスマスを一緒に祝ったのです。私の出番は、尺八で15分間、皆さんに楽しんで頂く事です。生まれて初めてのことで、大変でした。紋付袴で舞台に立ちました。最初は「春の海」「さくら」「馬子唄」など吹いて、あとは「黒田節」「炭坑節」「きよしこのよる」「上を向いて歩こう」などを皆さんで歌っていただきました。一緒に歌ってくれる方もいれば、車椅子で目を瞑ったままの人、口を開いたままで聴いてくれた方など、いらっしゃいました。でも、合唱になって聞こえてきた時には、私のほうが感激でした。いつか自分も同じになる日が来るんだなって、考えていました。おじいちゃん、おばあちゃん何時までもお元気で!浦和中ロータリークラブさんありがとう。

kuritaのんな のクリスマス

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夢を追いかけて
執筆 : 
harumi 2011-12-17 18:18
今日は、「kuritaのんな」のクリスマス会でした。早いもので3年目を迎えることができました。ここは乳児保育所で、現在8名のお子さんが通ってくれています。何で乳児保育所なの?って思われるでしょう。実は、当社は女性のパワーで成り立っている会社なのです。でも、お子さんが生まれたばっかりの方は、保育所がいっぱいで預けられないので、当社へも勤められないという状況でした。それではと言うことで、当社で始めた訳です。最初はたった1人のお子さんでしたが、今では当社で働いていただいているお母さんのお子さんが5人もいます。それに地域でお困りのお母さんのお子さんも3人、お預かりしてます。実際の運営はコマームさんと言う保育専門会社さんに委託をさせていただいています。久しぶりに小さなお子さんと一緒に歌ったり、遊んだりとっても楽しかったでした。乳児保育所を運営して、働くお母さんに喜んでもらえて良かったなって、思った次第です。
国民幸福度世界?1、これがブータンです。でも、最貧国なんです。吉幾三の歌に、オラの村には テレビもね、ラジオもね、何にもね、とありますが、まさにこれなんです。洗濯は井戸端で木の板の上でごしごしです。お風呂もないですので、これまた井戸端で水を汲んで髪を洗います。逆に何にも無いから誰も不平不満にはなりません。お金も殆んど必要ありません。家の周りで自給自足します。衣類も一年間殆んど同じものです。遥か日本の昔に遡ったような感じがしました。でも、子供も大人も皆、笑っています。医療費ただです、でも近くに病院はありませんが。小学校から高校までただです、これは素晴らしい。村の至る所で赤ん坊がいます、いっぱいいるのです。子供もあふれるくらいいっぱいいるのです。ほんとに幸せに暮らしているんだな、って感じます。でも、文明はじわじわと入って来ています。首都ティンプーは既に貧富の差が始まっていて、浮浪者がいます。お金持ちもいます。今が最後の良いブータン国のような気がしました。今後どうやって文明を受け入れ乗り越えて行くのでしょうか?これで、ブータン報告を終わります。最後まで読んでくれて、ありがとうございました。

ブータンへ行ってきました 4

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夢を追いかけて
執筆 : 
harumi 2011-11-3 14:12
皆と合流出来てからは順調でした。最終日の一日前に、崖の上にそびえ建つ「タクツァン僧院」へ行きました。標高2千メートル以上のところから、500メートル登るのですが、それが通常6時間かかるところ、3時間で言ってきました。何と半分の時間で行って来てしまいました。メンバーの中に健脚者がいて、その人に釣られたのです。それは凄いお寺でした。断崖絶壁の上にお寺を建てたのですから、それはとてつもない能力と凄まじい労力を使ったのだと思いました。まさに驚きでした。ブータンの旅も終え、バンコク経由で帰路につきました。それから10日間もの間、高熱を出して、仕事になりませんでした。でも、この熱は疲れからくるもので、伝染病にかかったのではありません、念のため。

ブータンへ行ってきました 3

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夢を追いかけて
執筆 : 
harumi 2011-10-11 16:24
9月19日、朝5時、朝もやの中車から外へ出ました。固まった腰をほぐして、さ、頑張らなくっちゃ。と言っても前も後ろもがけ崩れ。ガイド役の部下の方がこの先1時間ほど行くとレストランがあるとのこと、一路車は向かいました。着いたところは、な、何と昔の牛小屋みたいな家。中は土間です。でも、テレビとガス台と明かりだけはあるのです。何か注文してくれて出てきたのは、インスタントラーメンブータン版で上にパクチーがたっぷりとかかっているではないですか。涙流しながらうまいうまいって食べました。食べ終わってトイレです。何と紙がありません。バケツに水があり、ひしゃくが置いてあるのです。何となく分った気がしてイザ。左手でひしゃくをとり右手に掛けて拭く。生まれて始めての体験です。ところが終わってお尻が濡れている事に気がつきました。どうしたらいいのか?しかたありません、持っていたティッシュで拭き、ポケットへしましました。何しろ紙を流せるかどうか、便器が深さ10センチくらいに掘って先端が5センチ丸の穴で外へ出ているだけのものですので、紙なんか流れるなんて考えられません。やっと終了し、イザ出発です。7時ころにはブルトーザーが開通させていてくれるはずですので。3時間後には皆と合流できました。感激かんげきです。

ブータンへ行ってきました 2

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夢を追いかけて
執筆 : 
harumi 2011-10-5 15:14
さて、ブータンのパロ空港を夕方出発です。ジープは一路首都のティンプーを目指して1時間。 そこで、入管トップのウォンチュクさんとお会いしました。彼の家は、小高い丘の上にあり、かなり裕福な家庭に見えました。何しろ政府高級官僚ですから。過去に彼は、愛知万博でブータン館の館長を勤めていたのだそうです。先発隊に追いつくには5時間近くかかるので事前に夕食を彼の家でご馳走になりました。初めてのブータン家庭料理、辛めでしたがとても美味しく食べました。そして出発。私と彼、入管の部下と運転手の4名です。何しろ国道と言っても砂利道みたいなもので、大変なものでした。走行中にラジオが「今、ブータン国内で地震が発生しました」とのこと、我々は全く気づかないままで一路東へ、3時間近く行った峠でがけ崩れ発生です。たった今、崩れたばっかりで、今も、山の上のほうからゴロゴロと石が落ちています。大変危険なので、残念ですが、これ以上進むのは諦め、戻る事にしました。雨も少し降っています。1時間ほど戻ると、この先でがけ崩れ発生とのこと。えーーー、前も後ろも塞がってしまった。仕方なく4人は道端で一夜を明かすことにしました。と言っても、周りに民家は1件もありません。お店も何もないのです。車も1台も来ません。何と情けない現実。彼は部下に命じて、コーヒーを入れてくれました。さすが用心がいいのですね。それと、車に積んであったリンゴをむいてくれました。とりあえずお腹を満たして4人は車の椅子に座ったまま一夜をすごすことにしました。おやすみなさい・・・

ブータンへ行ってきました 1

カテゴリ : 
夢を追いかけて
執筆 : 
harumi 2011-10-5 14:45
ブータンって何処?何にも知らないで行ってきました。どうしてって、麺会社の仲間が行くって言うのでついていったのです。総勢7名、皆は16日に出発、私はRCがあって17日出発しました。 一人って心細いものがあります。バンコク経由で行くのですが、ブータンでのビザ番号が違っていて、バンコク空港の人がブータンに入れないかも、入れてもペナルティとられると言うのです。それでも構わないからと、一筆サインしてブータンへ。3時間かかるところ、2時間で空港に着きました。やった、早く着いたんだ。ブータンは時間にルーズだからかなりさば読んでいたんだなって。 ところが、1時間経っても誰も降りれません。きっと早く着きすぎたから未だ用意が出来ていないんだなって。その後ビジネス客から降りました。でも不思議なんです、ビジネス客席上のかばん類がそのまま置いてあるのです。きっと、ブータンは荷物も降ろしてくれるんだ、親切な国なんだなって思いました。でも、全員ある一室に止められました。どうしたんだ?日本人旅行会社の方に聞いたところ、ここはバングラディッシュ空港、ブータン空港は視界不良で封鎖中とのことでした。 えーー!何しろ、空港に着いたとたんに携帯で仲間に、ブータンに着いたので直ぐ追いかけるからって、言ったのです。それから8時間、待合室でじっと待機です。もう駄目だと思った時、これから飛びますとのアナウンス。室内にいた皆は拍手でした。そしてブータン空港へ、1時間後に着きました。さ、運命の時がやってきました。と、その時、「クリタさん」と呼ぶ人がいるのです。思わず、ハイ。彼は入管を一切通らず、脇の通路から別室へ案内するのです。いよいよ取調べが始まるのか?と心配したら、お茶は出るは、番号の違いなんて問題ないって、さっさと書類を通してくれて出発です。で、どうしてって、彼のボスは国の入管最高責任者だったのです。何でもOKなんでした。と言うことで、とりあえずブータンに入国出来ました。・・・・・
「15%節電」ってどういう事?当社は500kwを超えているので法律で15%節電をしないと1時間あたり100万円の罰金を科せられてしまいます。万一にも計画停電になっては困りますので、 しっかり節電をします。お陰さまで30%も節電が出来ました。直接生産に関しない事務所や食堂は28度にエアコン設定しました。でも室温は29度以上です。特に私は部屋の一番奥の角地にいる関係で風の対流が無く更に暑いようです。ただでさえぼーとしてるのに、余計にぼーとしています。 食堂も、一度に50人近く入っての28度設定ですので更に温度は上昇、みんな汗かきながらのお昼です。これって何か変だなって気がつき始めました。室温は28度にならなくてはいけないのですが、実際はそれ以上30度ちかくになっていたのです。今は、室温基準に変更しましたので、ほっとしたところです。一時は、28度にセットしないと非国民だ、みたいでした。これって、日本人の得意な精神構造だと思うのです。テレビやマスコミがやりすぎるとこうなるのだと思います。皆さんも気をつけてください。



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