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ルソン島へのおもい

社長ブログ

先月に友人とルソン島マニラに観光で訪問しました。聞いた地名のルソン島でしたが、結びつきがしっかりしませんでした。先月末に実家の母の7回忌を行い仏壇の引き出しを開けると死亡告知書がありました。そこに「比島呂宗島バキオ当方山地」の地名で祖父が42歳での戦死が記載されています。昭和20年6月15日戦死とあります。ルソンは墓石で見ている地名でした。更に叔父はミンダナオ島ザンボアンガ州クロンヤで昭和20年8月10日に戦死28歳で戦死しています。終戦5日前の出来事です。たぶん、この地域から多くの人々が戦地に赴いたのでしょうか。実家は北陸富山です。この地からフィリピンはどんなに遠かったでしょうか。色々な残っている文章を読むと教育で人を囲い込み、戦争を正しいとしていたことがうかがわれます。

悲しい人と人の戦いが中東では続いています。隣国では南北対話が始まりました。戦いが起きている時には評価が付けられない。しかし、未来に評価を受けます。どの争いも誰かの思い込みと情報の共有化が出来ていない中で起きてしまいます。

これは今の会社に置ける人財育成においても起きていることかも知れません。一人一人が自分たちの身近な人々の幸せや利害だけではなく、出来るだけ多くの人々の幸せを考え行動するかだと思います。

株式会社クリタエイムデリカ 栗田美和子

 

 

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